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初心忘れるべからず

この場所で暮らし、仕事を始めて今年で9年目を迎える我が家。3歳だった娘はもうすぐ12歳に、白と黒の猫は1代目から2代目に、当初1階にまとまっていた夫婦の仕事場も変容し、娘の部屋を作り、夫は近くに別の場所を構えています。内も外もいろんな変化があるけれど、この場所で暮らし、仕事をしようと思った初めの心を、ふとしたことから思い出させてもらった昨日。初心忘れるべからず、暮らしも仕事も一歩ずつ積み重ねていこうとあらためて。

 

写真は引っ越してきてから2年後ぐらい、小さな小さなベランダを板張りにしたら、あっという間に当時5歳の娘の工作の場所に。足りなかったら工夫をし、必要が出てきたらつくってみる。その都度、仕事を見つめ、暮らしに向き合ってみる・・・とは、同じ年に我が家を取材いただいた際に私が寄せた文。

 

 

『家のような、事務所のような、店のような(仮)』 文:坂本 眞紀

桜と銀杏の並木が続く大きな通りに面した古い平屋を離れて、五十年近く続く商店街の一角に、住まいと設計事務所と店が同居した小さな家をつくり、夫婦ふたりと、長女、猫一匹と暮らしている。パン屋さん、八百屋さん、魚屋さん、豆腐屋さんなど日々の暮らしを支える店が連なる商店街の中は店舗兼住居の家も多く、そこかしこに暮らしの気配が伺える。以前からこの辺りの買い物客でもあった私たちは、この場が持つ温かな空気に惹かれていたので、ご縁が出来た瞬間に思い描いていた暮らしのかたちが現実的な像を結んだ。

どんな風に暮らしたいか。場所探しを通して私たちが望んでいる暮らしのかたちはごく簡素なものになっていった。眠る場所があって、ご飯を食べる場所があって、人を呼べる場所があって。そして、仕事の場と暮らしの場、このふたつがひとつになった家のかたち。夫は建築設計事務所を、妻の私は暮らしの道具を扱う店を営んでいる。夫婦共に暮らしとは切っても切り離すことができない仕事だ。つくる建築も、えらぶ道具も、全てが私たちの暮らしとつながっている。仕事と暮らしを別のものとして切り離すのではなく、暮らしの中から受け取ったものが仕事に、仕事を通して培ったものが暮らしに還るような、ひとつの家の中で仕事と暮らしが穏やかに循環するような場をつくりたいと願った。

17坪の小さな建物の中では、仕事と暮らしの境界線はとても曖昧で限りなくいろいろなものが混在している。通りに面した扉を開くと小さな空間に設計事務所と店が並び、そのすぐ奥には我が家の食卓と台所が続いている。店と家の間に取付けられた引き戸はほとんど閉じられることはなく、店が開いている時もひと続きの空間になっていて訪れた人は私たちの実際の暮らしに触れることになる。昔ながらの商店の奥が暮らしの場だったように、私たちの建物も仕事場の奥に暮らしの場が広がっている。閉じるのではなく、少し開いてみる。そうすると暮らしは家の中だけではなく外へとつながっていることを実感する。向こう三軒両隣、町内、そして街へと。玄関先に植物を植えれば道行く人と会話が生まれ、風通しのため家の周りをぐるりと開ければ野良猫が散歩途中に顔を出す。娘が商店街の路地で遊んでいれば近所の方が声をかけてくれる。そうした周囲とのゆるやかなつながりがここでの暮らしをより一層楽しく魅力的なものにしてくれている。小さいから、狭いからと諦めず、小さくても、狭くても構わず、家族、友人、お客様、たくさん人を招いている。私たち家族以外の人に訪ねられた我が家は、ふわりと優しく温かな空気に包まれる。そういう家は幸せだ、と思う。そしてその空気の中で過ごす私たち家族も。

ここはもっと広く、そこはもっと大きく、あれも、これも、ほしい。足りないものを言い出したら果てしないけれど、それらが全て揃ったとしても自分たちの暮らしにしっくり合うかどうかはわからない。無理をせずに、今の自分たちの暮らしを少しずつ積み重ねてゆけばいい。店は縁側のような役目もこなすし、食卓は打合せテーブルになる。イベントの時は家まるごと開かれた店にもなるし、休日の仕事場は日曜大工の場になる。娘が小学校に上がる頃には、彼女の場所もつくることになるだろう。家という形自体は竣工時に完成されてはいるが、住み始めて2年経った今も我が家の暮らしは日々変化し、試行錯誤を繰り返している。足りなかったら工夫をし、必要が出てきたらつくってみる。その都度、仕事を見つめ、暮らしに向き合ってみる。仕事と暮らし、いずれも一足飛びに変わるものではなく、日常の小さなかけらのようなものを自らの手で集めては積み上げ、ゆっくりと育ってゆくものなのだろう。家のような、事務所のような、店のようなこの場所は、その時々で家の顔を持ち、店の顔を持つ。これからもまた変化してゆくだろう。そうして、じっくりゆっくり仕事と暮らしに向き合いながら家と付き合ってゆくと、自分たちの暮らしのかたちに寄り添ってくれる住まいに育つような気がしている。

 

『幸せな家』/『住む。』No.46号 夏号 

 

仮題は私たちが尊敬してやまない編集者に『幸せな家』と名付けられました。